チェコのマッチラベル その魅力
チェコに行ったことある方の中には、「ちょっとレトロなチェコデザイン」に目を奪われてしまった方もいるのではないでしょうか。たとえば古本の装丁、古い映画ポスター、昔ながらの文具など…。
今回は、チェコスロバキア時代のマッチラベルについて、ご自身のコレクションをまとめた冊子「チェコ・マッチラベルコレクション」を発行された菊地信吾さんに、マッチラベルの魅力について寄稿いただきました。ぜひご覧ください!
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チェコのマッチラベル その魅力
喫煙や暖房など生活の様々な場で使われていたマッチ。現在はあまり見かけなくなりましたが、その歴史は古く、19世紀半ば頃から世界に広まったとされており、その頃から、チェコのSušice(スシツェ)でも生産が始まっています。
マッチを納めた小さな箱には、マッチ会社の商標などが印刷された小さな紙片=マッチラベルが貼られていました。このマッチラベルは様々なデザインがあることから、コレクションアイテムとなり、人々の収集熱を掻き立ててきたようです。
本稿ではチェコスロバキア時代、チェコで刷られた1960年代前後のマッチラベルを見ながら、小さな紙片に込められた魅力を紹介させていただきます。
ラベルに込められた様々なメッセージ

社会主義時代のマッチラベルには、国内に郷土について意識させたり、国外への発信の意図から、文化財、建築物、動植物、ビアホールの看板、ホテル、スポーツ大会やイベントの記念など、幅広い内容の絵が描かれました。さらに政府などが発信する啓発や宣伝を、直接的に描いたものもありますが、その内容は多様です。
写真は壁面パネルをクレーンで釣っている建設現場を描いたラベルです。これらは一見、国家の建設や発展をうたう宣伝に見えますが、書いてあるチェコ語を1枚1枚読み解きますと、建設業者向けの展示会、赤十字社及び国勢調査の宣伝、「現場職員の資格を増やしましょう」「破傷風の予防接種を受けましょう」など様々なことが書かれています。
そして、これらラベルに込められたメッセージの絵解きをすると、当時の日本と同じように、団地を建設して住宅供給をしていたことや、「貯蓄銀行」のように日本ではなじみがない言葉が見られるなど、当時の社会の諸相を垣間見ることができ、興味深いものがあります。
様々なタッチで描かれた図柄

チェコのマッチラベルの図柄の作風はたいへん多彩です。写真は、古城や古い教会などの建築物を描いたマッチラベルですが、油絵風、版画風、建築図面風、ペン画風と様々なタッチで描かれています。色使いも空は青、石造りは白などの標準的なものだけでなく、少ない色数の中で大胆な配色をしているものもあります。
ラベルの隅には小さく「Solo Lipník」「Solo Sušice」と記されているように、当時のマッチは、国営会社であるSOLO社のLipník (リプニーク・ナド・ベチュヴォウ)やSušice(スシツェ)の工場で生産していましたが、図柄がこれだけバラエティに富んでいるところから、ラベルのデザインには多く人が関わっていたと思われます。
多彩な図柄の中から、お気に入りの作風を探すことが楽しめるのも、マッチラベルの魅力の一つです。
とにかくかわいい

ありきたりの言葉ですが、とにかく絵がかわいいのです。
特に子どもや食べ物を描いたラベルにかわいいものがあります。写真は保健・衛生を啓発するものや、食品工場の宣伝などのマッチラベルです。
ところで、私が学生の頃(1970~80年代)は、世界はまだ冷戦の最中で、社会主義陣営の国は「第三次世界大戦」が起きたら、日本にとっては敵側になる国でした。日本で上映される「西側」製の娯楽映画に描かれる「東側」は大抵悪者に描かれていました。
私がチェコのマッチラベルのかわいいデザインに新鮮な驚きを感じたのは、こうした「東側悪者説」とのギャップによるもので、今更ながら「西側」が作ったイメージにはめられていたと反省するところです。そして、なによりもこうして日本人の私が、チェコ共和国のブログに投稿できる平和な外交関係につくづく感謝です。
インパクトのある表現

マッチラベルは70年代になると、だいぶカラフルになりますが、60年代前半のものは色数が少なく、しかしながらそれゆえに表現に強さを感じるものも見られます。シンプルに赤、青、白のチェコの国旗と同じカラーを使ったものも見られ、寒色と暖色をぶつけた三色でのデザインは絶妙なインパクトを与えてくれます。
例えば「応急救護」をテーマにしたシリーズでは、人物が肌色でなく赤色であるのが強烈で、それゆえ包帯が引き立ちます。作家を描いた人物像のシリーズでは、黒で描かれた顔に重ねた赤がデザインを引き立たせています。
「どっちがいい」と書かれたマッチラベルは、一見トランプのように対称的に見えて、よく見ると、上下でよい見本と悪い見本と違う絵が並んでおり、見る人を楽しく裏切ってくれるデザインです。
力強いデザインから楽しいデザインまで、様々な表現もマッチラベルの魅力です。
マッチラベルとコレクターと私のこと
1960年代から70年代のチェコスロバキアのマッチラベルは、様々な国の人によりコレクションされており、日本でも骨董市やネットショップに出品されています。
特にチェコスロバキアでは、収集したマッチラベルを貼り付ける専用の台紙(1枚目の写真参照)やコレクター向けの雑誌が発行されていることから、切手と同じようにコレクションされていたことがわかります。また、裁断前のマッチラベルのシートも見かけますが、これは箱に貼られる前のラベルが、コレクターの間で出回っていたのでしょう。
私がチェコのマッチラベルと出会ったのは、東京近郊の東欧雑貨店でした。お店のオーナーがチェコのバザールで仕入れたというマッチラベルの貼られた何十枚もの台紙の中には、オリンピックを題材にしたハンガリーのラベルも混じっていましたが、チェコスロバキアのエミール・ザトペック選手のラベルに色鉛筆で囲みがされており、元の持ち主はチェコの人であったことが想像できました。この他、日本のマッチラベルが貼られた台紙もあり、チェコのコレクターは、インターネットのない時代においても遠い東洋の国のラベルを入手していたことがわかりました。そして、私もチェコの収集家が手放したマッチラベルを入手したことをきっかけに、コレクターの仲間入りをしてしまいました。
さらに、日本ではすでに、チェコのマッチラベルを紹介した本が何冊か出版されていますが、私も素敵なマッチラベルを人に紹介したいと思うようになりました。
マッチラベルの著作権については、チェコセンター東京に相談差し上げたところ、国営工場を引き継いだSOLO MATCHES & FLAMES, a.s.社をご紹介いただき、許可をいただくことができました。知り合いになったチェコ語の先生には、ラベルに書かれているチェコ語でうまく訳せなかったところ見ていただきました。こうしていろいろな人に助けられて、小冊子を完成させることができました。
実は私はチェコにまだ行ったことがありません。チェコ語も勉強したことがありません。しかし、この冊子の作成をきっかけにチェコのファンになりました。コロナ禍が明けたら、魅力的なラベルを生み出したチェコをぜひ訪れてみたいと思います。
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《寄稿者プロフィール》
菊地 信吾
1968年東京生まれ。2021年3月に趣味で収集したチェコのマッチラベルを紹介した小冊子「チェコ・マッチラベルコレクション」(A4版・本文カラー20ページ)を作成しました。印刷費実費(700円)で頒布します。関心のある方はご連絡ください。kmhyn103@gmail.com