[インタビューシリーズ]チェコで活躍する日本人第五弾〜人形作家/人形舞台美術家 林由未さん〜 

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チェコにおける人形劇の歴史は長く、ユネスコにも登録されています。かつてはチェコ語を向上させる役割も果たし常にチェコ人から愛され続けている芸術です。また、マリオネットづくりはチェコの伝統工芸の一つで、今でも盛んに作られています。 

今回はチェコで人形作家/人形舞台美術家として活動する林由未さんに、チェコでの経験や、チェコの人形劇文化、そしてチェコでの生活についてお話をお伺いしました。 

はじめに、これまでの経歴を教えてください

横浜出身で、現在はプラハ在住です。東京藝術大学大学院デザイン科を卒業し、2007年にチェコ国立芸術アカデミー人形劇学部舞台美術科大学院(DAMU)に留学しました。大学院を2010年に卒業し、現在は人形作家/人形舞台美術家として活動しています。

人形作家になろうと思ったきっかけはなんですか? 

祖父の影響が大きいです。祖父は手先が器用で、私が幼い頃から独学で人形作りを行っていました。割り箸や木くずなどの材料がだんだん人形の形になっていくのが不思議で、人形作りに興味を持ちました。 

チェコに興味を持ったきっかけ、またはチェコに来たきっかけは何ですか? 

人形劇を学ぶならチェコだとは思っていましたが、当時は情報が少なくなかなか行く気になれませんでした。 

チェコに来る前は、マリオネットではない人形を作っていたのですが、個展を開くと、お客さんから 「この人形は動くの?」とよく聞かれることが多くあり、そのことがずっと引っかかっていました。人は人形を見ると、動くのかな?と気になり始めるんですよね。そんな時、チェコの人形劇団「ピシュカンデルドゥラー(Piškanderdulá)」の日本公演を見て感動し、チェコ人形劇を代表する舞台美術家、ペトル・マターセク(Petr Matásek)の元で学びたいと思い、DAMUへの留学を決意しました。 

ピシュカンデルドゥラーの人形劇 @Ota Palán/ チェコ政府観光局フォトバンク

なぜチェコは人形劇を学ぶ上で特別な場所なのでしょうか? 

人形劇はチェコの歴史と文化に深く関わっていることはもちろん、私が卒業したDAMUは人形劇を学ぶことができる世界初の国立大学です。また、国際人形劇連盟(UNIMA)はプラハで設立され、そして舞台芸術の祭典「プラハ・カドリエンナーレ(PQ)」も4年に1度プラハで開催されています。 

チェコでの学校生活はどのようなものでしたか? 

入学試験前から、週に2回は大学院を訪れ、授業を見学していました。授業の形式が独特で、一対一で教授に課題を90分間プレゼンするというものでした。教授がとても厳しい人で、中には泣き出すチェコ人の学生もいて、入学前からビビってました(笑) 

入試に受かり、学校初日に教授のペトル・マターセクにポートフォリオを見せると、「これからは私の下で勉強するんだから、今までやってきたことは全部忘れなさい」と言われ、衝撃を受けました。 

彼はシャイな人を許さない人で、在学中は「HAMU(ダンス学科)に行ってプレゼンしてこい」「明日この演出家に会いに行け」など、教授の無茶振りな難題で振り回されました(笑)ある時は、まったく知らない土地の劇場に行けと言われ、ガラケーの時代だったので道順も調べられず、覚えたてのチェコ語を使い、なんとかたどり着いたら劇場のオープニングパーティだったこともありました。今思えば、日本から来た私をチェコに順応させてあげようという彼の思いやりからだったのでしょうが、それにしても手荒な方法ですよね(笑) 

チェコで仕事をする上で大変なことは ありましたか?

今は日本からの依頼が多いですが、最初の7年間は主にチェコで仕事をしていました。在学中も学生でありながら、舞台に組み込まれプロのお仕事をいただいていました。 

打ち合わせは全てチェコ語なので最初は全然わからなくて、頷きながらカタカナでメモを取って後から理解していました。それから徐々にチェコ語がわかるようになったのですが、自分の意見を言うことがなかなかできませんでした。チェコの舞台制作では、個人の意見がとても重要で、制作チームは対等な関係です。自分の意見を言えないのは、チェコ語が苦手だから仕方がないと思っていました。ある日、私よりチェコ語を話せないフランス人女性が自分の考えを主張しているのを見て、「本当にいいものを作りたいなら、その場で自分の意見を言うべきなのに、自分は語学力のせいにして逃げている」と気づきました。 

それから喋り続けることを癖づけるようにしました。相手への興味、好奇心を持つことで、疑問が湧いて意見が出せるようになるんです。また、相手が話すのを待つのではなく、相手の好奇心を引き出すように自分から話すことを意識していました。 

「TaBALADA(姨捨山)」2008年
「TaBALADA(姨捨山)」2008年

チェコ語はどのようにして学びましたか? 

入試の2ヶ月前から語学学校でチェコ語を勉強していたのですが、大学院にも見学で通っていたため、週3回しか通えませんでした。入学後はチェコ語で乗り切らなければならない場面も多く、とにかく会話をつなげられるように形容詞と動詞を必死に覚えました。そうしているうちに、キーワードがわかるようになり、数ヵ月後にはチェコ語を話せるようになりました。

影響を受けたチェコ人アーティストや劇団はありますか?

ペトル・マターセク氏

一番影響が大きい人は師匠のペトル・マターセクですね。また、仕事をする上でお世話になったのは演出家のゾヤ・ミコトヴァー(Zoja Mikotová)さんです。私にチャンスをずっと与え続けてくれた人であり、今までに16本ほどの舞台を一緒に作成してきました。外国人という難しい立場であるにも関わらず、多くの仕事を与えてくれました。彼女のおかげで今の私があります。 

ゾヤ・ミコトヴァー氏

チェコにおける人形劇とは? 

チェコの人形劇は一言では言い表せないほど奥が深いです。チェコの人形劇の歴史は人が操るマリオネットから始まりました。しかし、何度も上演するうちにアイデアが尽き、仕掛けのある人形が使われるようになって、次第に人形と人が一緒に上演するようになるなど、どんどん発展していきました。最近では人形が出てこない人形劇も話題になりました。人形劇は時代とともに進化し、その時代ごとに重要な役割を果たしていました。当初はチェコ語を教える役割を担っていて、社会主義時代には政府への反抗を表現する手段でもありました。社会主義当時は言論の自由がなく、検閲がすごく厳しい時代でした。人形劇は子供向けの娯楽なので検閲が緩く、反抗がしやすかったため、社会の声を代弁する役割がありました。例えば勇者をチェコ人、ドラゴンをソ連に見立てた劇は、一見おとぎ話に見えますが、大人にはそれが比喩であることがわかるというものでした。 

@Marie Sieberová/チェコ政府観光局フォトバンク 

現在もその文化は衰えることはなく、各都市に大きい劇場があります。チェコの子どもたちは学校の課外授業で人形劇を観に劇場に頻繁に訪れて、実際に芸術に触れています。なので感性が豊かな子供が多く、中には劇中にヤジを飛ばす子もいます(笑) 

チェコ人にとって人形は凄く特別な存在なんです。例えばゴーレム伝説のゴーレムは土人形がもとになっていますし、カレル・チャペックの「R.U.R」ではロボットの人権はどこにあるのかという話であるように、チェコ人は昔から生き物以外のものの命や価値観にとても繊細な国民性だと思います。みんな人形はいつから命が宿るのかを考えています。木から人形の形になった時、目を入れた時、動いた時など、人によって捉え方は様々でとても面白いですよ。 

日本をテーマにした演劇を作成したことはありますか? 

はい!たくさん作成してきました。例えば「浦島太郎」や今江祥智氏の「四角いクラゲの子」など、日本の物語にインスピレーションを受けた作品を上演しました。 

でも、日本の物語は「生と死」をテーマにしているものが多く、そのままでは使えないことが多いです。例えば亀を助けたのに最後はおじいさんになってしまうという話は、チェコ人には意味不明なんです(笑)。子ども向けの人形劇なので、子どもはなおさら理解してくれません。 

最終的には、何もない玉手箱を舞台に、そこから人が生まれ、最後には誰もいなくなるという輪廻転生のストーリーに変更しました。 

今後の目標や、やりたいことはありますか? 

各都市に人形劇場があるチェコとは異なり、まだまだ人形劇場に行く敷居が高い日本の人形劇を盛り上げていきたいです。毎年、大阪の阪急うめだ本店でクリスマス期間中のウインドウデコレーションを手がけているのですが、こういったことで少しでも人形に興味を持ってもらえたらと思います。そして、人形劇を観に行けるような環境も作りたいですね。演劇を見て、チェコに興味を持ってもらえたらいいなと思います。 

また、師匠に教えてもらったことを、今度は自分が教える立場になって、次の世代に繋いでいきたいです。 

チェコでの生活で気に入っていることはありますか?

チェコ人たちの器用さが好きです。チェコは工業国なので、器用で想像力の豊かな人が多いです。この器用さは、チェコの芸術にもつながっていると思います。あるチェコの会社は、3Dプリンターを作るために3Dプリンターを開発したのですが、とてもチェコ人らしいと思いました。

チェコの食べ物、飲み物、習慣で、特に気に入っているものがあれば教えてください。 

あまり有名ではありませんが、クリスマスが近づくと食べられる「スタロチェスキー・クバ(Staročeský kuba)」という穀物とキノコのリゾットが好きです。チェコではアワやブルグルなどの穀物が安く買えますし、とても美味しいので、家では白米よりもよく食べます。お米と同じように炊くだけなので簡単です。 

スタロチェスキー・クバ @Archiv Czech Specials agentury CzechTourism/ チェコ政府観光局フォトバンク 

チェコの水も面白いです。チェコは温泉大国で、医療用として温泉水が飲まれています。スーパーで売られている水も、マグネシウムを多く含んだ味の濃いものから、肺に良いとされる「ヴィンツェントカ(Vincentka)」というお水まで、いろいろな種類があります。 

チェコ訪れる観光客に、必見またはあまり知られていないおすすめの観光地があれば教えてください。 

プラハに来たら丘に登って夜景を見てほしいです。レトナー(Letná)、ヴィシェフラド(Vyšehrad)、スミーホフ(Smíchov)などの地区には、景色が綺麗に見える丘が多いです。チェコの好きな街はいろいろありますが、チェスキーラーイは自然が豊かで素敵です。 

レトナー公園からの景色

また、チェコに来たら電車で旅をしてみてください。プラハでも、トラムに乗って始点から終点まで乗ってみると、なかなか楽しいですよ。 

人形劇に興味がある方は、劇場に行く場合は、直前だと売れ切れが多いので、早めにチケットを買うのをおすすめします。 気軽に見たい方は、フェスティバルがおすすめです。例えば、プラハで行われる「レトニー・レトナー(Letní Letná)」というサーカスのフェスティバルには、毎年人形劇のブースがあります。 

これからチェコを訪問する方や、留学を考えている日本人にアドバイスがあればお願いします。 

チェコに留学される方へのアドバイスとしては、「好奇心を持つこと」です。日本では「受講」という言葉があり、受け身で学びますよね。チェコにおいては、学んだことについてどう思うか、自分の意見を述べるところまでが勉強です。 

チェコを訪れる方は、石畳が多いので歩きやすい靴を履いてください。チェコは探索するのが楽しい国なので、迷子になりながら自分だけの地図を作ってみてくださいね。


今回は人形作家/人形舞台美術家としてチェコと日本に限らず世界で活躍する林由未さんにインタビューさせていただきました。 

林さんが美術を担当する人形劇「エルマーとりゅう」が東京・新宿東口の紀伊國屋ホールで7月27日から公演されます。

また、8月5日(土)から大阪・堺アルフォンス・ミュシャ館にて開催される展覧会「アルフォンス・ムハ モラヴィアン・ドリーム!」では、アルフォンス・ムハの作品にインスピレーションを得て林さんが制作した人形の世界を楽しむことができます。

林さんの素敵な作品が間近で見ることができますので、機会のある方は是非ご覧ください♪ 

林さんの情報はこちら

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この記事を書いた人

西村柚佳

チェコ政府観光局インターン。2020年9月からチェコのプラハに留学中。現地の大学で観光学を学んでいます。