チェコの子どもの本に魅せられて

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美しい絵と魅力的なお話。チェコの子どもの本は、世界中の人を魅了しています。チェコに旅行に行って、本屋さんに並ぶ絵本を思わず大人買いしてしまった…というのはもしかしたら「チェコあるある」かもしれません。
今回は、大人気の「もぐらくん」シリーズをはじめ、多くの絵本・児童文学を翻訳されてきた木村有子さんに寄稿いただきました。

チェコの子どもの本に魅せられて

木村有子

日本で長く読まれてきたチェコの絵本といえば、やはり『もぐらとずぼん』(1967年)と『もぐらとじどうしゃ』(1969年)(福音館)でしょう。ズデネック・ミレルが生んだもぐらのキャラクターは、チェコでは誰でも知っています。やさしくて思いやりのある“もぐら”のお話は、絵本でもアニメーションでも、世代を超えて今でもとても人気があります。ミレルの“もぐら”の本は、チェコで50冊以出版されていますが、日本では3作目が翻訳出版されるまで、30年余り待たなくてはなりませんでした。絵本での呼び名も、“もぐら“から、“もぐらくん“へと変わり『もぐらくん おはよう』を始め「もぐらくんの絵本シリーズ」(偕成社)の刊行が、2002年に始まりました。

私が初めて翻訳したチェコの子どもの本は、この『もぐらくんの絵本シリーズ』で、14冊続きました。

2002年、出版されたばかりの「もぐらくんの絵本」を持って、プラハのズデネック・ミレルさんのご自宅を訪問。左から訳者、ミレルさん、訳者の母。

「なぜチェコ語を学んだのですか」とか「チェコの子どもの本を翻訳するきっかけは?」と聞かれることがあります。

そんなときは、自分の生い立ちに触れ、親の仕事の関係で、1970年代にチェコスロヴァキアで暮らした経験が元になっていることを話します。現地の小学校でチェコ語を覚え、チェコの友人宅で手にした絵本や童話にすっかり魅せられました。当時、素晴らしい子どもの本と出合ったことが、その後の私の人生を変えたと言っもいいでしょう。

その中でも「運命の本」を1冊挙げるとすれば、カレル・ヤロミール・エルベンの『金色の髪のお姫さま チェコの昔話集』(岩波書店)(原題Zlatovláska a jiné české pohádky)です。子どもにとっては大きく立派な装丁本でした。挿絵は、アール・ヌーヴォーの時代のアルトゥシ・シャイネルで、登場する美しい王子さまやお姫さまの絵にうっとりする一方、オテサーネクの挿絵のように、ぎょっとして思わずページを閉じたくなる不気味な絵もありました。日本で見ていた子どもの本とは大きく違い、驚きました。いつか、この本を日本に紹介したいと思ったのが中学生の頃で、実現したのが2012年のことでした。「いじわるな妖精」「この世に死があって良かった」「のっぽ、ふとっちょ、千里眼」など13編が収められています。

『金色の髪のお姫さま チェコの昔話集』(岩波書店)カレル・ヤロミール・エルベン 文、アルトゥシ・シャイネル 絵、木村有子 訳

昨年2017年は、新旧の児童文学の翻訳を手がけました。チェコの児童文学の古典といわれるヨゼフ・チャペック作、絵の『こいぬとのこねこのおかしな話』(原題 Povídání o pejskovi a kočičce)(岩波書店)です。カレル・チャペック作の『長い長いお医者さんの話』(岩波書店)を読んで、カレルの兄ヨゼフの挿絵に見覚えがある方も多いと思います。『こいぬとのこねこのおかしな話』は、ヨゼフが娘に寝る前のお話をせがまれて語っているうちにできた話で、新聞で連載をした後に出版されました。こいぬとこねこが、人間にようになりたいとまねをしますが、思わぬおかしな結末になったりします。こいぬとこねこの会話で展開する話が、くすくすっと笑いを誘うのです。 『こいぬとのこねこのおかしな話』は、チェコの子どもなら、必ず読んだことがあると聞いていましたが、昨年プラハの大型書店に行くと、平積みになって売っていて、今だに根強い人気があることを知りました。

『こいぬとこねこのおかしな話』(岩波書店)ヨゼフ・チャペック作 絵、木村有子 訳

偶然ですが、今年の春、東京の松涛美術館で「チャペック兄弟と子どもの世界」展があり、そこに『こいぬとのこねこのおかしな話』や『長い長いお医者さんの話』の原画がやってきました。翻訳出版の1年後に東京で原画に会えて、嬉しさもひとしおでした。(芦屋市美術館で開催中~9月9日http://ashiya-museum.jp/

 

新進の画家が挿絵を描いた『どうぶつたちがねむるとき』(原題 Jak zvířata spí)(偕成社)は、斬新な絵本を出すことで知られるBAOBAB社の本です。

『どうぶつたちがねむるとき』(偕成社)イジー・ドヴォジャーク 作、マリエ・シュトゥンプフォヴァー 絵、木村有子 訳
2018年8月プラハのKnihkupectví Baobab Prahaにて。左から『 どうぶつたちがねむるとき 』の絵を描いたマリエ・シュトゥンプフォヴァーさん、訳者、作家のイジー・ドヴォジャークさん。

チェコでは、ヨゼフ・ラダ、イジ―・トゥルンカ、など国民的イラストレーターの本が今も出版されている一方で、個性豊かな現代の画家の絵本も次々と出版されています。毎年チェコへ行って書店を巡っても、まだ知らないイラストレーターがたくさんいます。

チェコセンター東京で開催中の「十二の世界 チェコの現代イラストレーター展」のオープニングに出ましたが、ゲストとして来日したマルチアーティストのPet Niklの原画に見入ったの同時に、大胆な発想によるパフォーマンスによる創作にも、舌を巻きました。

 

今、プラハでこの原稿を書いていますが、スーツケースに入れてきたのは、チェコの童話『クリスマスのあかり ~チェコのイブのできごと~』(原題:Zachráněné Vánoce)のゲラ刷りです。配本が10月なので、本になるまであと一歩のところまできました。

『クリスマスのあかり~チェコのイブのできごと~』 (福音館書店)レンカ・ロジノフスカー作、 出久根育 絵、木村有子 訳、10月10日配本

下訳を始めてから5ヵ月。今年1月に、この本の挿絵を描かれたプラハ在住の画家、出久根育さんの個展会場で出合った本です。はらはらしながらストーリーを追い、読み終わったあと、とても心がほんわかしました。でも、チェコのクリスマスの風習が前提に書かれている話のため、大事なキーワードは、この風習を理解しないと生きてきません。いい本だけど、日本の小さな読者に理解してもらえるだろうか…。でも、幸い刊行が決まると編集者と共に工夫をこらしました。クリスマスの日を心待ちにしている、フランタという男の子が、ひとりで小さな冒険をするお話です。

この本の作者、レンカ・ロジノフスカーさんはモラヴィア地方の方ですが、来週プラハへ来て下さることになりました。挿絵を描いた出久根育さんと3人で初めてお会いします。いつかどこかで、またそのときの様子をお話しましょう。

毎年チェコへ子どもの本を探しにきますが、翻訳する本が増えるごとに、作家や画家、編集者の知り合いも増えてきました。みなさんとの出会いを大事にして、これからもいいチェコの子どもの本を、日本の読者に届けたいと思っています。

 

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木村有子(きむら・ゆうこ)
チェコ語翻訳家。1970年代に父親の仕事の関係でチェコスロヴァキアのプラハで暮らし、現地の小学校に通う。1984年—1986年、プラハのカレル大学に留学。1989年—1994年、ドイツのフランクフルト、ベルリンの大学でスラヴ語圏の言語を学ぶ。子どもの本の翻訳、字幕翻訳以外に、エッセイ、講演などを通してチェコの文化を日本に紹介している。
主な訳書に『もぐらくんの絵本シリーズ』『どうぶつたちがねむるとき』(偕成社)『金色の髪のお姫さま チェコの昔話集』『こいぬとこねこのおかしな話』(岩波書店)、『ゆかいなきかんしゃ』(ひさかたチャイルド)など多数。公式サイト『チェコのヤポンカ』で、子ども時代から今に至る経験やチェコの作家との交流を書いたエッセイを連載中。
https://www.ceska-japonka.com/


<チェコフェスティバル2018で木村有子さんがトークを行います!>
9月28日(金)~30(日)に原宿クエストにて開催されるチェコフェスティバル2018で木村有子さんをゲストに迎え、トークショーを行います。

トークショー「チェコのクリスマスと子どもの本」
2018年9月28日(金)19:00~19:30
10月10日配本予定の『クリスマスのあかり~チェコのイブのできごと~』(福音館)も一足お先にご紹介予定♪チェコフェスティバルでぜひ手に取ってください!

 

<チェコのイラストレーター展開催中!>
現在活動しているチェコのイラストレーター12人にスポットを当てた展示「十二の世界 チェコの現代イラストレーター展」が東京・広尾のチェコセンターで開催中です(9月7日まで、平日10:00~19:00)。ぜひこちらにもお越しください。

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この記事を書いた人

チェコセンター東京

チェコセンターは世界3大陸26都市においてチェコ文化の普及につとめているチェコ外務省の外郭団体です。2006年10月にアジアで第1号のチェコセンターとして、駐日チェコ共和国大使館内にチェコセンター東京支局がオープンしました。

以来、絵画、写真、ガラス工芸、デザインなどの作品の展示や、映画上映会、文学、音楽、経済などのイベントを開催しチェコ文化を紹介するほか、チェコ語教室も開講しています。また、その他のチェコ文化関連イベントへの助言、協力も行っています。

イベント情報はニュースレターでも配信していますので、チェコ文化にご興味のある方はぜひウェブサイトからご登録ください。お待ちしております!

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