ズリーン Zlín -「今日の夢を明日には現実に」①

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バチャ会社の歴史をたどるミュージアム

さて、少し間が空きましたが、機能主義建築が建ち並ぶ独特の景観で知られ、4大陸に支店を展開する世界的な靴メーカー「バチャ・カンパニー」の揺籃の地、東モラヴィア地方にあるズリーンのご紹介を続けたいと思います。

ズリーン中央駅に降り立ち、小さな駅舎を出ると、目の前には赤レンガで装飾されたコンクリート製の高層ビル群が建ち並んでいます。これらはかつて、トマーシュ・バチャ(1876-1932)が1894年に創業した靴メーカーの工場でした。すでに今日のズリーンでは靴の製造は行われておらず、本来の役目を終えた建物はオフィスやミュージアムとしての再利用が進んでいます。

そのうちの一棟、それぞれのビルにふられた番号から「14番ビル」と呼ばれる建物は現在、「東南モラヴィア・ミュージアム」となっており、特に3階の常設展「バチャの信念-今日の夢を明日には現実にPrincip Baťa – Dnes fantazie, zítra skutečnost」は、トマーシュ・バチャと彼の会社の軌跡をさまざまな角度から紹介しています。特に600足に及ぶ靴を集めたコレクションは実に見応えがあり、ズリーンの人々の古きよき時代への郷愁が感じられて必見です。

かつての靴工場の生産ラインの展示。東南モラヴィア・ミュージアム([URL]www.muzeum-zlin.cz/cs/[E-mail]info@muzeum-zlin.cz)の開館は火曜から日曜の10時から18時まで。入館料は129 CZK(毎火曜は半額)。
バチャに関する展示のテーマは「Fantasy Today, Reality Tomorrow」。全世界に展開する一大靴ブランドを築き上げた礎をたどれる。
トマーシュ・バチャ(左)と、その異母弟のヤン・アントニン・バチャ。ヤンはトマーシュの死後、経営を引き継いだ。

独特の景観を一望できる「摩天楼」

続いて足を運びたいのが、14番ビルから200メートルほど離れた21番ビルです。こちらのビルは靴メーカーの本部ビルとして、トマーシュ・バチャの死後の1939年に完成しました。16階建てで地上77.5メートルの高さを誇り、当時、ヨーロッパで2番目に高い高層ビルだったとか。竣工時から空調やエレベーターを完備し、「バチャの摩天楼」の愛称で親しまれてきました。

2004年にリノベーションが完了し、現在はズリーン地方の行政機関が入っていますが、観光客もエレベーターで屋上に上がることができ、ズリーンの独特の景観を眼下に一望できる人気スポットになっています。

またバチャの摩天楼ではなんといっても、社長室を兼ねたエレベーターが有名です(前述のエレベーターとは別のもの)。これは社長自らが臨機応変に社内を移動して陣頭指揮をとれるよう、広々とした執務室そのものがエレベーターの「かご」になっており、内部には空調はもちろん流しや電話も備えた機能的なつくりになっています。とてもゆったりと動くため、中にいると通常のオフィスのようですが、それでいて大きくとられた窓の向こうの風景が上下するという不思議な浮遊感を楽しめます。この社長室を兼ねたエレベーターは、「東南モラヴィア・ミュージアム」によるガイドツアーで訪れることができます。

14番と21番のふたつの機能主義的建築ビルを訪ねたら、しばしズリーンを散策しましょう。ズリーン中央駅を基点に広がるコンパクトな街並みはきれいに区画整理されていて歩きやすく、工業都市ながらもあちこちに残された緑が安らぎを与えてくれます。

一方、工場跡の高層ビルが建ち並ぶ中心部を離れると、一転してのどかな雰囲気に。さらに市庁舎のあるエリアには中世以来の建物が固まって残っており、現代的な工場群との新旧の対比も味わえます。

バチャ兄弟が見上げるのが「バチャの摩天楼」。
摩天楼の屋上からかつての靴工場群と、その向こうにズリーン中央駅構内を望む。
空中で過ごすひとときは格別。摩天楼屋上のカフェにて。
社長室を兼ねたエレベーター。エレベーターを含む所要35~45分のガイドツアーは東南モラヴィア・ミュージアムを通して1~2週間前にE-mailか電話(+0420 573 032 326)で申し込む。料金は10名までのグループで350CZK(グループあたり)。
写真提供◎Zlín Region([URL]www.kr-zlinsky.cz)

ズリーンはプラハやブルノとは異なり、見ごたえのある文化遺産や歴史遺産に恵まれているわけではありません。その代わりといってはなんですが、この街の魅力は、トマーシュ・バチャというひとりの男、強固な意志と哲学をもった希代の起業家・経営者自身にあるようです。今から100年ほど前に彼が創り出した理想郷を歩き、今日も変わらず息づく、その熱いスピリットを感じていただけたらうれしいです。

次回も引き続き、トマーシュ・バチャの理想郷を紹介していきたいと思います。

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この記事を書いた人

戸部 勲

毎年ヨーロッパのあちこちの鉄道に乗って取材して、鉄道旅行の楽しさを伝えるムックや書籍を作っている、イカロス出版の編集部員です。
チェコ共和国の旅客鉄道は日本同様、予約なしで気軽に利用できる公共交通手段。ローカル線から長距離列車、高速列車から夜行列車、国際列車まで、さまざまな種類の列車が走っています。
鉄道旅行の魅力は、住人目線で旅ができること。チェコの魅力にはまってリピーターになって、「もっと深くチェコを知りたい」、「もっとディープな旅がしたい」という想いを抑えきれなくなったら、ぜひプラハ本駅から鉄道に飛び乗って、風任せの自由気ままな旅を楽しんでみてはいかがでしょうか。