[インタビューシリーズ]チェコで活躍する日本人第三弾〜ヴァイオリニスト 後藤博亮さん〜

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チェコは言わずと知れた音楽の国で、ベドジフ・スメタナ、アントニーン・ドヴォジャーク、レオシュ・ヤナーチェク、ボフスラフ・マルティヌーなど多くの偉大な音楽家を輩出しています。

チェコ音楽に詳しくない方でも、スメタナの「モルダウ」、ドヴォジャークの「新世界より」など、一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか? 

今回はチェコのブルノのチェコ国立フィルハーモニー管弦楽団で第一ヴァイオリニストとして活躍する後藤博亮さんに、チェコでのヴァイオリニストとしての経験、音楽留学、チェコ音楽、そしてチェコでの生活についてお話をお伺いしました。 

また、ブルノをはじめモラヴィア地方の魅力や、そしてチェコでの子育てについてもお話しいただきました! 

ブルノフィルハーモニーのカーネギーホール公演にて。写真/後藤さん提供 

はじめに、これまでの経歴について教えてください。 

広島県福山市出身で、2011年に武蔵野音楽大学を首席で卒業しました。その後ブルノの国立ヤナーチェク音楽芸術大学(JAMU)で修士課程を修了し、現在は博士課程に在学中です。そして、2016年からはチェコ国立ブルノフィルハーモニー管弦楽団の第一ヴァイオリニストとして活動しています。 

チェコに興味を持ったきっかけ、またはチェコ来たきっかけはなんですか?

チェコとの出会いは14歳の時で、チェコの弦楽合奏団「プラハ・カメラータ」の来日公演に行ったことがきっかけでした。4歳からヴァイオリンを習っていたのですがそれまでは趣味程度で、バンドに入っていたり、吹奏楽部でトロンボーンを弾いたりするなど他の楽器も演奏していました。そこで聴いたプラハ・カメラータの演奏に感動し、ヴァイオリンに専念することを決断し、それ以来チェコに憧れを抱くようになりました。実はこの公演後に弦楽合奏団がチェコから持ってきたブルノ製のヴァイオリンを購入したのですが、当時は「ブルノ」という名前も知らなかったし、まさか将来はブルノのオーケストラにいるなんで想像もしていませんでしたね。 

24歳の時に、10年来の憧れの国であったチェコに初めて来ました。当初はプラハに1年間の留学予定でしたが、滞在中にチェコではチェコ語と実技の試験に合格すれば大学の学費が無料になることを知り、「無料でレッスンが受けられるなら、それは行くしかない!」と思い、JAMUの修士課程に受験することにしました。受験当時は、ヴァイオリンを弾くことよりも、チェコを学ぶことに必死でした(笑)。

ヤナーチェク:弦楽のための組曲/プラハ・カメラータ  

チェコで音楽を学ぶにあたって、日本と違うところはありましたか? 

日本では受け身で学ぶことが多かったのですが、チェコでは指導というよりは対話のように自分の可能性を引き出してくれるようなレッスンでした。入学当初に、先生から「あなたは技術もポテンシャルもあるのに、その引き出し方がわかっていない」と言われました。その後のレッスンは、中学生レベルの基礎練習で「こんなことやるの!?」と驚きました。大学院だから難しいレッスンになると期待していたので(笑)でも実際にやってみると驚くほど上手になったんですよね。 

環境の違いで言うと、ブルノに来てからは音楽に集中できるようにもなりました。東京は良くも悪くも周りの情報が多いので、ブルノは音楽に集中するのに最適な環境でしたね。チェコはクラシックの国なので、音楽が身近で、実際に音楽家がどんな風景をイメージしていたのか、インスピレーションを受けやすかったです。 

また、音大の違いとして、チェコの国立大学院では、卒業後の就職先がプラハで50以上、ブルノで40以上保障されています。他の仕事をしながらでも、音楽に関わり続けることができるのは良いですよね。 

チェコでの学校生活やプロとして生活する上で大変なことはありましたか? 

チェコ流の演奏の仕方に適応していくのが一番大変でした。チェコ流の演奏の仕方とは、例えば腕全体を大きく使うなどのチェコ流のメソッドはあるのですが、それをもとに自分のスタイルを確立していくのが重要です。最初は、身振り手振りで色々試してみたり、先生にアドバイスをもらったりして、自分のスタイルを確立していきました。 

実際、日本にいた頃と今では、演奏の仕方が全く違います。例えばスメタナのモルダウで、花嫁がダンスをするシーンがあるのですが、初めは日本で弾いていた時と同じように控えめに短く演奏していたのですが、周りのヴァイオリニストが腕からダイナミックに演奏していたので、目立ってしまったんです。実際、チェコ人の結婚式に行くと派手に踊っているので、確かに控えめなイメージではないなと気づきました(笑) 

ブルノフィルハーモニーにはどのような経緯で参加したのですか? 

就職先を探していたときにブルノフィルハーモニーのオーディションありました。当時は第二ヴァイオリンを弾いていたので、第二ヴァイオリンのオーディションを受けたのですが、実は落ちてしまいました。でも、自分にはメロディを演奏する第一ヴァイオリンの方が向いていると思い、第一ヴァイオリンのオーディションを受け、合格しました。 

就職先を探していたときに、チェコに残ったのは何か理由があったのでしょうか? 

学業があったのも大きいですが、チェコがとても居心地が良かったからですかね。チェコは掘れば掘るほど面白い国ですし、チェコ音楽もまだまだ知らないことがたくさんあるので。チェコに住んで12年目になりますが、今でもチェコにいることが楽しいです。 

チェコの音楽文化や音楽シーンについて教えてください。 

チェコはクラシック音楽の巨匠を多数輩出したクラシック音楽の国なので、音楽が身近で、重要な存在です。若い人でもおしゃれをして音楽を聴きに劇場に行きます。クラシック音楽はチェコ語で「ヴァージュナー・フドバ(Vážná hudba)」といい、「大事な音楽」という意味です。チェコ人がいかにクラシック音楽を大切にしているかわかりますよね。 

チェコ音楽で面白いのは、もともと異なる国だったこともあり、チェコ音楽はボヘミア地方とモラヴィア地方で曲調が異なります。例えば、ヤナーチェクはモラヴィア民謡に影響を受けていたので、彼の音楽は民謡のノスタルジックな情緒があるのが特徴です。 

チェコでの生活で気に入っていることはありますか? 

自然が多いところと、子供が育てやすいところですね。子供を連れて行けるところが多く、子供に優しい人も多いです。チェコの教育費は無償ですし、産休も取りやすいです。さらに子供一人当たり政府から最大30万コルナ(日本円で150万円程)の補助金をもらうこともできます。 

個人的には、チェコ人のものを大事にする国民性が好きで、ホスポダ(チェコの居酒屋)では、ジョッキの水滴でテーブルを傷つけないように絶対にコースターを使います。コースターを使わないと怒られます。(笑)なんでも自分で直しますし、洗濯機も自分で修理するんですよ。

ブルノフィルハーモニーの新コンサートホールのアコースティックモデルと後藤さんの2歳半の息子さん。 写真/後藤さん提供 

国民性といえば、WBCでもチェコ選手の性格が良いと話題になりましたね!チェコ人は人柄がいい人が多いのでしょうか

そうですね。チェコ人はお人好しな国民性だと思います。どうしたらいいの?と聞いたら解決方法を考えてくれますし、親身になってくれる人が多いです。 

WBC関連でいうと、後藤さんのWBCに関する一連のツイートが日本で話題になっていましたね。WBCや野球について、周りのチェコ人からの反応はありましたか? 

実は、あまり反応がありませんでした(笑)野球はまだまだマイナーなスポーツですからね。でも野球ができる環境は整っているので、これをきっかけにチェコでも野球が広まればいいなと思います。 

チェコの食べ物や飲み物で特に気に入っているものはありますか? 

チェコ料理は全般的に大好きなのですが、個人的にはチェコのおつまみが好きで、「ナクラーダニー・ヘルメリーン(Nakládaný Hermelín)」(カマンベールのオイル漬け)がお気に入りです。スイーツだと「ヴィエトルニーク(Větrník)」(チェコのシュークリーム)とヤナーチェクが愛した「マースロヴェー・トゥルビチュキ(Máslové trubičky)」(クリームロール)も好きです。 

あとはもちろんビールとワインですね。モラヴィアのワインは本当に美味しいですし、クラフトビールも種類が多くて大好きです。 

ブルノの魅力を教えてください。

ブルノは音楽好きにはたまらない街です!モーツァルト、スメタナ、そしてなんといってもチェコが誇る音楽家・ヤナーチェクのゆかりの地です。村上春樹さんの1Q84に登場したヤナーチェクの「シンフォニエッタ」は各楽章がブルノの街(城や教会)がモチーフなっています。トラムに乗って頭の中で第一楽章や第二楽章のテーマを口ずさむと、まさにモラヴィア王国を感じることができます。 

そして小さな街ですが、ブルノほど芸術や化学、天文学などアカデミックな博物館や美術館、そして劇場が身近にある街はないと思います。プラネタリウムや科学VIDA!、そして最近新しくなったメンデル博物館は日本人の観光客の方におすすめです。僕たちブルノフィルハーモニーのコンサートホールも新しく建築されるので、是非来てくださいね! 

建築予定のブルノフィルハーモニーの新コンサートホール。音響設計は豊田泰久氏。 写真/後藤さん提供

チェコを訪れる観光客に、ぜひ見てほしい、またはあまり知られていない観光スポットがあれば教えてください。 

やっぱりモラヴィアに来てほしいですね。ブルノ近郊のぶどう園やワインセラーでは、美味しいモラヴィアワインを試すことができます。実際にワインセラーに宿泊することも出来ますよ! 

モラヴィアの自然もとてもおすすめです。例えばヤナーチェクが「利口な女狐の物語」というオペラをかいたビーロヴィツェ・ナド・スヴィタヴォウ(Bílovice nad Svitavou)など、モラヴィアには自然が綺麗な場所がたくさんあります。マツォハ渓谷の鍾乳洞ツアーも、地下の川を流れるボートに乗れるので楽しいですし、神秘的で美しいです。

モラヴィアのワインセラーの景色。写真/後藤さん提供 

ブルノだとシュピルベルク城の中庭で夏に行われる、シュピルベルク国際音楽祭が素敵です。チェコ音楽はもちろん、美味しいモラヴィアワインも楽しめます。 

シュピルベルク国際音楽祭の様子。写真/後藤さん提供 

最後に、これからチェコを訪問する人や、チェコでの音楽留学を考えている日本人にアドバイスがあればお願いします。

チェコでの音楽留学を考えているなら、何をしたいかを明確に決めてください。ヴァイオリンの場合は、オーケストラ、ソロ、カルテットなど、自分が何を目指しているのかを自覚することが大切です。ピアノにおいても色々あって、例えばチェコにはコレペティートルというピアノ伴奏者の職業があり、その中でもバレエ、オペラ、弦楽器などの専門が異なります。 

チェコに来る日本人観光客には、一言だけでもチェコ語で挨拶していただきたいです。「ドブリーデン=こんにちは」、「ヂェクイ=ありがとう」、「ナスフレダノウ=さようなら」と言うだけでチェコ人は喜んでくれますよ。 

あと、トラムに乗ったときは出発の時にガタッとなるので、しっかり手すりにつかまってくださいね!(笑)


今回は、チェコ・ブルノでプロのヴァイオリニストとして活躍する後藤博亮さんにインタビューさせていただきました。 

後藤さんはとても気さくな方で、笑いの絶えないインタビューでした。 

後藤さんのTwitterでは、チェコに関する情報を発信しているので、ぜひチェックしてみてくださいね♪ 

後藤さんの情報はこちら 

Twitter: @HiroakiGoto1 

GEN trio 

後藤さんがメンバーであるブルノフィルハーモニーの「GEN trio」によるチェコ音楽のアルバム。後藤さんがメロディを演奏しています。

Spotify: https://open.spotify.com/artist/2BswD7HIs9U2EJqWpQs70V 

Apple Music: https://music.apple.com/jp/album/gen-trio/1577903021 


チェコ音楽についてもっと詳しく知りたい方は、チェコ音楽ガイドパンフレットをご覧ください。

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この記事を書いた人

西村柚佳

チェコ政府観光局インターン。2020年9月からチェコのプラハに留学中。現地の大学で観光学を学んでいます。