プラハ本駅で19世紀と21世紀を行き交う時間旅行

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大衆の生活に寄り添うアール・ヌーヴォー

グラフィック・アートの分野でアール・ヌーヴォーを代表するアーティストといえば、まず名前の挙がるのがアルフォンス・ミュシャではないでしょうか(チェコ語読みでは「ムハ」)。ミュシャの描く幻想的で美しい女性像は、やはり世紀末を生きた同時代人、竹久夢二の美人画と共通するものが感じられるからか(あくまで私見です)、日本でもこれまでずっと人気がありました。

2017年3月から同年6月にかけて、東京六本木の国立新美術館で開催された「ミュシャ展」が、巨大な「スラヴ叙事詩」全20点がチェコ国外で初めて展示されるとあって、大いににぎわったのも記憶に新しいところです。

ミュシャの生まれ故郷は、南モラヴィア地方の小さな村イヴァンチッツェで、ミュシャの生家は現存しており、記念館兼カフェになっているそうです。ここからほど近いミクロフ、そしてブルノを併せて訪れ、彼の足跡をたどるのが最近になって人気とのこと。さらにウィーンやミュンヘン、そして最終的にミュシャの才能が開花した地であるパリを含めて鉄道で周遊すると、ミュシャの軌跡がいっそう身近に感じられるのではないかと思っています。

さて、首都プラハで、まとまった数のミュシャ作品が一度に見られて便利なのが「ムハ美術館」。また1911年の建築でアール・ヌーヴォー様式の外観がみごとな市民会館内は、「市長の間」の天井画がミュシャの作品。こちらはガイドツアーに参加することで見学できます。

それらの作品を通してアール・ヌーヴォー芸術に親しんだら、締めくくりとしてプラハ本駅に足を運んでみてはいかがでしょう。

艶めかしい装飾が壁面を彩る

プラハを代表するアール・ヌーヴォー建築として知られるプラハ本駅。美術館や観光地で鑑賞するアール・ヌーヴォー作品に対し、プラハ市民の日常に溶け込んだ「実用品」であるプラハ本駅は、ひと味違った印象。しかしこれこそが、「芸術のための芸術」といった権威主義から離れて大衆に寄り添い、美の追求のみならずコマーシャル・アートなどを通して生活の質の向上にまで関与したアール・ヌーヴォーの精神を、よりそのままに今日に伝えているような気がします。

吹き抜けの下に21世紀が広がる

旅立ちの予感が膨らむ旅情たっぷりのプラハ本駅

プラハ旧市街に隣接しているプラハ本駅へは、市民会館からは徒歩10~15分ほど、ムハ美術館からなら徒歩10分以内です。プラハ国際空港からのエアポート・エクスプレス(バス)が終着するので、チェコ旅行の最初に降り立った方も多いのではないでしょうか。

ガラス張りの巨大なトレインシェッドが連なり、その下を列車が続々と発着するプラハ本駅は、いかにもヨーロッパのターミナル駅といった重厚感あふれるたたずまい。まるで映画のセットのような空間が実物の鉄道駅で、自由に利用できるのですから、鉄道ファンにとってはたまりません。鉄道を利用する予定がなくても、雰囲気を味わうためだけでも訪れたいスポットです。

駅に着いたらまず、2本の塔がそびえる正面ファサードをゆっくり鑑賞してみたいところ。できればファサードに日が当たる、午後から夕方の時間帯がおすすめです。

幹線道路に面しているため、周辺にはややあわただしい雰囲気があるのは否めませんが、行き交う車の流れを無視して駅舎に意識を集中すると、1900年のパリ万博で頂点に達したアール・ヌーヴォー「新しい芸術」ムーブメントの熱気、そしてその余波が伝わってくるようで、しみじみした気持ちになってきます。ちなみに今日のプラハ本駅は1901年から1907年にかけての建築で、ボヘミア出身の建築家ヨゼフ・ファンタ氏が手掛けたものです。

ファサードから一歩入ると幻想的な空間が広がる

ファサードを堪能したら、歴史を感じさせる木製のドアを開け、一歩中へ踏み入れましょう。巨大なドーム天井の下の待合ホールになっています。天井や壁面は優美で官能的な装飾で覆われていて、まるで世紀末から20世紀初頭のプラハにタイムスリップしたかのよう! しかしホール中央の吹き抜け状の空間を見下ろすと、ホームへと向かう人々が行き交う、まぎれもなく21世紀の風景が広がっています。半円形のガラス窓から射し込む西日とチェコ産ビールを楽しみながらしばし、19世紀と21世紀とを行き来する時間旅行を楽しんでみてはいかがでしょう。

吹き抜けの下は各ホームへの連絡通路

アール・ヌーヴォー様式のプラハ本駅を堪能していただきましたら、次回のブログでは、やはりアール・ヌーヴォー様式の駅舎が美しいプルゼニュ本駅をご紹介したいと思います。

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この記事を書いた人

戸部 勲

毎年ヨーロッパのあちこちの鉄道に乗って取材して、鉄道旅行の楽しさを伝えるムックや書籍を作っている、イカロス出版の編集部員です。
チェコ共和国の旅客鉄道は日本同様、予約なしで気軽に利用できる公共交通手段。ローカル線から長距離列車、高速列車から夜行列車、国際列車まで、さまざまな種類の列車が走っています。
鉄道旅行の魅力は、住人目線で旅ができること。チェコの魅力にはまってリピーターになって、「もっと深くチェコを知りたい」、「もっとディープな旅がしたい」という想いを抑えきれなくなったら、ぜひプラハ本駅から鉄道に飛び乗って、風任せの自由気ままな旅を楽しんでみてはいかがでしょうか。