EC 172番列車~プラハ経由ブダペスト~ハンブルクの旅

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消えゆく長距離列車

スロヴァキア鉄道の機関車を先頭にブラチスラヴァ本駅に入線するEC 172番列車。

ヨーロッパでは年々、長距離列車の運行が少なくなっています。いや、もっと正確に、長時間走る列車が少なくなっている、というべきでしょうか。高速列車がどんどん走るようになると、その代わりに、長距離を長時間かけて走り通す、律儀で質実剛健な列車が活躍の場を失って失業してしまうというのは、万国共通のようです。

もちろん、「より早く、より遠くへ」、という要望を具現化した高速列車が便利なのは百も承知のうえで、どこか寂しさを感じてしまいます。

ところで日本で、ヨーロッパの鉄道時刻表が売られていることはご存じでしょうか? ダイヤモンドビック社が発行している、「ヨーロッパ鉄道時刻表」がそれで、6月と12月の年に2回発行されています。新しい版が手元に届くたびに、真っ先にその存在を確認する列車があります。分厚い時刻表の初めのほうの、国際列車のコーナーに、「EC 172番列車」が記載されているのを目で追い、ほっと安堵のため息をつく、そんな感じです。

13時間30分1300キロの旅

チェコ~ドイツ国境は車窓にエルベ川を眺めつつ走る。

ECとは「ユーロシティEuroCity」の略称で、国際特急を表わすカテゴリーです。「ハンガリア号」という愛称がつけられているこのEC 172番列車は、ハンガリーの首都ブダペストを出発し、スロヴァキアの首都ブラチスラヴァを経てチェコに入り、チェコの国土を南から北に横断してプラハ本駅経由、ドイツへ向かい、ベルリンを経由してドイツの北の都ハンブルクに終着します。その運行距離はなんと約1300キロ。

2018年夏ダイヤでは、ブダペスト西駅(エッフェル塔で知られるエッフェル氏が設計しました)を朝7時41分に出発し、ブラチスラヴァ本駅到着が午前10時7分、ブルノ本駅午前11時36分、プラハ本駅午後2時7分と、着々と歩を進めていきます。

ベルリン中央駅午後6時41分、ハンブルク中央駅午後9時15分、そして終点の機関区のあるハンブルク-アルトナ駅に午後9時36分に執着します。その間、なんと約13時間30分――。

もちろんブダペストからハンブルクまで乗り通すような酔狂な御仁は少ないでしょうが、まだ健在なうちにぜひ完乗したい! そう思わせる何かが、EC 172番列車にはあるのです。

乗務員や機関車との別れ

国境駅のブジェツラフで交代するスロヴァキア鉄道の乗務員(左)とチェコ鉄道の乗務員。

昔ながらの国際列車の醍醐味のひとつに、国境での機関車の付け替えを見ることがあります。EC 172番列車も例外でなく、国境駅で先頭に立つ機関車が、これから入っていく国のものに交代しますし、乗務員も入れ替わります。

ブダペストを出発したときのハンガリー鉄道の機関車がスロヴァキア鉄道のものになり、チェコ鉄道のものがとってかわり、そしてアンカーとしてドイツ鉄道のものにバトンタッチします。

※8月20日追記:この記事をアップ後に読者の方から、現在EC172列車においては、始発駅のブダペスト・ケレティ駅からプラハ本駅まで牽引機関車は直通し、国境における機関車の交代は行われていない旨のご指摘をいただきました。大変失礼をいたしました。EC172列車の機関車交代をご覧になりたい方は、ドレスデン中央駅へお出かけいただけましたら幸いです。

一本の列車ながら、走破する4か国の人たちが密接に関わりながら、半日以上も旅をする――。そんな人情味あふれる列車がEC 172番列車なのです。超モダンな居住性の高さと利便性との引き換えに、アナログな感覚をどこかに置き忘れてしまったかのような今日の高速列車。そんな高速列車にはないノスタルジアを求める人たちを乗せて、今日もEC 172番列車はブダペスト~プラハ~ハンブルクを走っています。読者のみなさまも機会がありましたら、そしてまだ健在なうちに、ぜひ車上でそのノスタルジーをかみしめていただきたいと思います。

 

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この記事を書いた人

戸部 勲

毎年ヨーロッパのあちこちの鉄道に乗って取材して、鉄道旅行の楽しさを伝えるムックや書籍を作っている、イカロス出版の編集部員です。
チェコ共和国の旅客鉄道は日本同様、予約なしで気軽に利用できる公共交通手段。ローカル線から長距離列車、高速列車から夜行列車、国際列車まで、さまざまな種類の列車が走っています。
鉄道旅行の魅力は、住人目線で旅ができること。チェコの魅力にはまってリピーターになって、「もっと深くチェコを知りたい」、「もっとディープな旅がしたい」という想いを抑えきれなくなったら、ぜひプラハ本駅から鉄道に飛び乗って、風任せの自由気ままな旅を楽しんでみてはいかがでしょうか。