翻訳者にきく!『ボヘミアの森と川 そして魚とぼく』

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先日、チェコで「カレル・チャペックの再来」とも称された人気作家、オタ・パヴェル(1930〜1973)の自伝的回想記『ボヘミアの森と川 そして魚とぼく』が未知谷より出版されました。

今回、この本の翻訳を手掛けた菅寿美さんにインタビューを行いました!

CCT

菅さん、こんにちは。

こんにちは。
CCT

今月、4月8日に菅さんと中村和博さんが共訳されたオタ・パヴェルの『ボヘミアの森と川 そして魚たちとぼく』が未知谷出版社から出版となりましたよね。おめでとうございます!

ありがとうございます!
CCT

そこでいくつか質問をさせて頂ければと思います。

よろしくお願いいたします。
CCT

菅さんは、チェコセンターで2017年に行われた「日本におけるチェコ文化年翻訳コンクール」でSF小説の分野で優勝されましたよね。

そもそも、チェコ文学の翻訳を手掛けようと思ったきっかけは何だったのでしょうか?

チェコ語を独学していたころ、ものすごく心もとなかったのです。

というのも、教科書には「チェコ語は語順が比較的自由で、配置の微妙な違いによりニュアンスを変えられる」と記述されていましたが、それについての具体的な解説はほとんどありませんでした。でも教科書の例文を見ると、確かに、語順はてんでばらばらです。英語やドイツ語しか知りませんでしたから、面食らいました。チェコ語とは、どれほど繊細なニュアンスを表現し分けられる言葉なんだろうかと驚嘆すると同時に、そこに存在するしくみを知りたいという気持ちが沸き起こってきました。その好奇心が翻訳という形で結実したのかもしれません。

CCT

なるほど…。

今回、オタ・パヴェルの作品をお選びになった理由は?

大学在学中にカレル大学の夏学校に参加したのですが、そのとき、副読本として、有名な作家たちの小作品集をもらいました。日本に帰ってきたあと、チェコ語の授業でその本の中の数作品を読んだのです。その時に知った作家のひとりがパヴェルで、読んでいてとても心地よかったのです。そのときから、彼の作品に魅了されました。

CCT

菅さんにとってオタ・パヴェルの作品の魅力はどういうところにありますか?

日本の読者さんに彼の作品で何か伝えたいことがあれば、教えて下さい。

この作品にはカレル・シクタンツがあとがきを寄せており、シクタンツの言葉が的確にパヴェルの魅力を表していると感じています:あの、驚嘆すべき簡素さ。彼は最後の数冊で、そこへとたどり着いた。見た目にはごくありふれた、まさしく、一般大衆向けの言葉だ。しかし、詩情と、絵画的な鮮明さとに満ちている(「王国半分をその言の葉に」より)。

ですから、まずは、気負わずに読んでいただきたいです。作中に、少しくどいくらいに注釈をつけましたので、海外文学特有の、文化の違いに根差す消化不良はあまりないかと思います。

 

さらに、「こんな裏事情があるんだよ」という、一種のネタバレ的なエッセイを未知谷のnoteで連載中です(https://note.com/michitani)。本を読んだあと、このnoteをご覧いただければ、いっそう本の面白みを感じられるようになるかもしれませんので、こちらもどうぞ。

CCT

裏話エッセイ、チェコ好きの皆さんが大きくうなずいたり、びっくりする様子が目に浮かびますね。こちらの更新も楽しみにしています。

 

オタ・パヴェルが執筆した作品の中から、今回の作品をどのようにして選んだのでしょうか?

この原書『Jak jsem potkal ryby』を選んだ理由ですが、大学でパヴェルの回想記の第一作目『美しい鹿の死』の抜粋を読んで魅了されていたのと前後して、千野栄一さんがまさにその本を翻訳出版されました。そこで、自分だったらどう訳すかを考えながら拝読したのですが、あとがきに、パヴェルにはもう一冊の回想記があると記載されていたのです。しかも、魚の話です。オタ・パヴェルはもともとスポーツライターとしてスタートした作家ですから、スポーツ文学の分野にたくさんの作品があります。しかし、自分が不慣れなスポーツ文学よりは、チェコの人々の生活や思想に強く結びついた回想記を読んでみたいという思いが強かったです。

CCT

22のお話のなかで、菅さんが特に好きなものはどれでしょうか?

「お前を殺すかもしれないぞ」と「ハガツオ」が特に好きです。

 

前者は、第二次大戦末期、パヴェルのユダヤ人の父と二人の兄が強制収容所に送られたあと、チェコ人の母とふたり、ブシュチェフラットの町で息をひそめながら暮らしていたころの話です。一貫して暗い話なのですが、暗さの中に現れる明るさとの対比が美しいのです。暗さの象徴は、密漁している夕暮れ、不穏な感じを漂わせ始めた池、池の上にたちこめる暗雲、それに忌まわしい死の家です。一方、そこに灯りをともすのは、真鍮のような金色の鯉、鯉の黄色いビール腹、金のランプのように輝く鯉の目、ドイツ人たちの家のともしび、それにザールバ氏のたばこの火です。それらのひかりが暗がりに浮かび上がる様子が頭の中に残る作品です。

 

「ハガツオ」は、躍動感に満ち溢れています。特に、沖合でハガツオの群れを見つけたときの描写とハガツオを釣り上げるときの描写は、あたかも目前で繰り広げられているかのように鮮らかです。

後者を引用します:仕掛けは、もう、ボートの後部で風にはためいてはいない。海の深遠に向かって一直線に吊り下がっている。ぼくは身をかがめ、苦労しながら手繰り上げ始めた。突然、水の中に、クリスマスツリーのように銀色の飾り玉で飾りつけられた糸が見えた。それはクリスマスツリーよりも、さらに魅力的かもしれない。なぜなら、水の独特な青みに沈んだ仕掛けの先では、ハガツオがこの世の最後となる踊りを踊っていたからだ。生れ育った故郷に、いとまを告げようとしていた(「ハガツオ」より)。

CCT

ありがとうございます!

ところで、チェコ語から和訳される際、一番苦労されるところはどんなところですか?

 

 

苦心することだらけなので、“一番”と言われると、迷いますね…。

そうですね、どれだけ原書のニュアンスを伝えきれているのかの判断に、最も悩むかもしれません。私はチェコで長く生活した経験がありません。ですから、チェコ語の慣用的な言い回しに馴染みが薄く、またチェコ人の典型的な思考パターンにも疎いのです。ですから、ある行為に対する応答に、例えば怒りが隠されているのか、皮肉が込められているのか、それとも淡々と描かれているだけなのか、感覚的につかめません。それを確認するために、その周囲の描写を丁寧に調べたり、あるいはチェコ人をつかまえて尋ねたり、理屈で攻める必要があるのです。かなり手間がかかりますね。

CCT
オタ・パヴェルの他に、誰か好きなチェコの作家はいますか?
好きと自信をもって言えるほど読みこんだ作家はまだいないのですが、イレナ・ドウスコヴァー、アレナ・モルンシュタイノヴァーが気になっています。それから、ヴラヂスラフ・ヴァンチュラでしょうか。
CCT

将来的に訳したい作品はありますか?

一番は、ヴァンチュラの作品群です。中村先生とともに『マルケータ・ラザロヴァー(Marketa Lazarová)』、『たわぶれの夏(Rozmarné léto)』、それに『クブラとクバ・クビクラ(Kubula a Kuba Kubikula)』を読み終えています。きちんとした翻訳にするまでに、これからかなりの時間がかかりますが…。ヴァンチュラもチェコ文学の中で重要な位置を占める作家ですし、上記の作品は彼の作品の中でも主要なものですので、日本で紹介できたらと思っています。

また、十分な時間があれば、最近の人気作家、アレナ・モルンシュタイノヴァーの作品も紹介したいです。

CCT

日本語で読めるのを楽しみにしています!

菅さん、ありがとうございました!!

 


『ボヘミアの森と川そして魚たちとぼく』

著者 オタ・パヴェル (著),菅 寿美 (訳),中村 和博 (訳)
チェコの作家・オタ・パヴェルの幼少期から晩年にかけての、魚あるいはボヘミア地方の自然との触れ合いを綴った自叙伝的短篇集。登場人物たちの日常のドラマが簡素な文体で語られる。

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菅寿美(すが・ひさみ) 1972年生まれ。島根大学理学部化学科卒業、北海道大学大学院地球環境科学研究科博士後期課程単位取得退学。北海道大学および中村和博氏のもとでチェコ語を学ぶ。

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この記事を書いた人

チェコセンター東京

チェコセンターは世界3大陸26都市においてチェコ文化の普及につとめているチェコ外務省の外郭団体です。2006年10月にアジアで第1号のチェコセンターとして、駐日チェコ共和国大使館内にチェコセンター東京支局がオープンしました。

以来、絵画、写真、ガラス工芸、デザインなどの作品の展示や、映画上映会、文学、音楽、経済などのイベントを開催しチェコ文化を紹介するほか、チェコ語教室も開講しています。また、その他のチェコ文化関連イベントへの助言、協力も行っています。

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