藍染めで日本とチェコを結ぶ~ユネスコ無形文化遺産登録決定に寄せて
先月、チェコを含むヨーロッパの藍染め技術が、ついにユネスコ無形文化遺産に正式に登録されました。チェコ、スロバキア、ドイツ、オーストリア、ハンガリーによる国境を越えた共同申請が受理されたものです。
今回は日本でチェコの藍染め技術を紹介しているViolka(ヴィオルカ)代表の小川さんに寄稿いただきました。
「藍染め」ユネスコ無形文化遺産に決定
国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)の政府間委員会は、11月28日、「藍染め ヨーロッパにおける防染ブロックプリントとインディゴ染色」を無形文化遺産に登録することを決めました。これは2017年3月にチェコ共和国を含む5か国(オーストリア、チェコ、ドイツ、ハンガリー、スロヴァキア)が共同で提案していたものです。
日本から提案された「来訪神」も29日午前、無形文化遺産に登録が決まり、翌日、新聞などで大きく報道されましたが、「藍染め」は一足早く前日の28日午前に登録が決定されました(日本時間では28日夜)。SNS上で藍染め工房をはじめ、チェコ文化省、今回の登録に尽力した機関、そして報道各社が次々に登録決定を知らせる様子をリアルタイムで見て、登録のよろこびを共有でき、とてもうれしく感じました。
ヨーロッパにおける藍染めとは
藍染めは、古代から広く世界各地で行われてきた染色技法ですが、今回無形文化遺産に登録された「ヨーロッパの藍染め」は、技法的には型染めの一種で、木製あるいは金属製の凸版の版木で布地に防染剤を置いたのち、藍の染料槽に布を浸すことで、防染した部分の地の白色が残り、模様が染め出されるというものです。職人たちは、現在でも古いものでは300年前の版木を使っています。模様は一般的なもののほか、キリスト教のモティーフや地域の動植物を表現したものなど様々です。
現在、「藍染め」は各国の、主に小規模な家族経営の工房において製造されています。モーリシャスの首都、ポートルイスで開かれたユネスコ政府間委員会は「それぞれの工房が代々受け継いできた19世紀にさかのぼる記録を現在に至るまで守り、また実践を通し伝えている」と評価しました。
チェコの藍染めとの出会い
日本でチェコの藍染めを紹介しはじめて、5年ほどが過ぎました。はじめて藍染めと出会ったのは90年代末、プラハに住んでいた頃のことです。偶然、藍染めの反物を近所の仕立屋のウィンドウで見かけ、その中にどこかアジアに通じるものを感じてとても懐かしく思ったことをよく覚えています。はじめて知った「藍染め」の存在について調べはじめると、チェコで操業しているのはたった2軒の工房のみであるということがわかり、その風前の灯火のような状態に、少なからずショックを受けました。
藍染めを作る人たち
現在も操業するダンジンゲル家とヨフ家の2軒の工房は、いずれもモラヴィアにあり、創業者から数えて3代~5代目の職人が藍染めの伝統を守っています(創業者が別の一族から工房を引き継いだダンジンゲル家は、10代以上さかのぼることができる)。工房で働く人は、職人をはじめとしてみな家族や親戚関係の人たちがほとんどで、性別にかかわりなく、家族、親戚一同が協力してそれぞれの役割を果たすという昔ながらの家族経営をしています。
工房では、静かに黙々と布に版木で防染剤を置き、ゆっくりと正確に深い青色の染料槽に何度も布を浸す様子に、長い時が凝縮されたような特別な時間の流れを感じます。ふたつの工房とも、家業に誇りを持ち、そして深い愛情を注いでいます。何世代にもわたって受け継がれてきた技術のみならず、受け継がれている心や精神といったものもまた、失われてはいけない真の財産と言えるものではないでしょうか。

朗報もありました。工房の最年少、ヨフ一族のガブリエラさんと会ったのは、2015年春のことでした。大叔父のフランティシェク・ヨフさんより技術を伝えられ始めたと紹介されました。以前は違う仕事に就いたこともありますが、工房に戻って仕事を手伝い始め、現在も藍染めの技術を学んでいます。新しい世代の登場はとてもうれしく、これからも続く伝統には、新しい風も吹き込まれてゆくでしょう。


伝統継承の後押しを
今回の登録は、「藍染め」の価値が国際的にも認められたという大きな意味を持ちますが、残念ながら工房が2軒だけになっている現状は、すぐには変えられません。しかしグローバリゼーションにより均一化されたものが溢れている今、多くの地域や、民族の手仕事に注目が集まっています。そしてグローバリゼーションの時代だからこそ、それぞれの手仕事が、国を越えて広がる可能性も大きいと思います。
私の主宰するヴィオルカでは、伝統あるチェコの藍染めを日本人の視点で見つめ直し、今の時代に生かすことに取り組んでいます。この活動が藍染め工房と日本の人たちを結び、伝統技術の継承に少しでも寄与できるよう、これからも活動を続けて行きたいと思っています。
小川里枝:おがわりえ
ヴィオルカ主宰。高崎市美術館が姉妹都市プルゼニュ市の協力で開催した「ボヘミアガラスの100年」展を学芸員として担当し、チェコの芸術・文化に出会う。その後4年間滞在したプラハでは、カレル大でチェコ語やチェコ美術を学ぶと同時に、各地の美術・博物館や作家を訪ねる。2014年ヴィオルカを設立し、藍染めをはじめとするチェコの工芸品を扱いながら、チェコの工芸や文化を日本に伝える活動を開始する。美術関係の翻訳にも携わっている。
◇ヴィオルカHP◇
https://www.violka.jp/